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中国の三国志(三国時代)はどこが統一した?わかりやすく解説!

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「三国志の時代って、最後はどこが勝ったの?」と疑問に思う方は多いのではないでしょうか。

魏・呉・蜀の3つの国が争った三国時代ですが、結末は意外と知られていません。

蜀の諸葛亮が亡くなったところまでしか描いていない作品が多いからなのでしょうか。

この記事では、結論からシンプルに、その後に流れをわかりやすく解説します。

三国を統一したのは「晋(しん)」

三国時代を最終的に統一したのは「晋(しん)」という国です。

ただし、ポイントはここです。

  • 魏・呉・蜀のどれでもない
  • 魏の内部から生まれた新しい王朝

つまり、「魏が勝った」というよりも、「魏を乗っ取った勢力が最終的に統一した」という形になります。

三国時代とは

三国時代は、次の3つの国が争っていました。

  • 魏(ぎ):曹操が建国。最も強い国(北)
  • 蜀(しょく):劉備の国(西)
  • 呉(ご):孫権の国(南)

この中で、最初に滅びたのは蜀です。

統一までの流れ

流れをシンプルにまとめると、次の通りです。

  • ① 魏が蜀を滅ぼす(263年)
  • ② 魏の中で司馬氏が実権を握る
  • ③ 司馬炎が魏から皇帝の座を奪い「晋」を建国(265年)
  • ④ 晋が呉を滅ぼして中国を統一(280年)

つまり、「魏 → 晋 → 呉を滅ぼす」という流れです。

なぜ魏ではなく晋が統一したのか

魏はもともと三国の中で最も強い国でしたが、内部で権力争いが起こりました。

その中で力を持ったのが「司馬一族」です。

  • 司馬懿(しばい):魏の重臣。諸葛亮と戦い、蜀の侵攻を防ぐ。
    クーデターを起こして魏の実権を握った。
  • 司馬師(しばし):司馬懿の長男で跡を継ぐが病死。
  • 司馬昭(しばしょう):司馬師の弟。蜀を滅ぼし晋王になる。
  • 司馬炎(しばえん):司馬昭の子。魏の元帝に皇帝の座を譲らせて晋の皇帝になる。呉を滅ぼした。

この司馬一族が魏の皇帝を形式だけの存在にし、最終的に王朝を乗っ取る形で「晋」を作りました。

そのため、統一したのは魏ではなく晋になります。

三国志=三国で終わりではない

三国志というと「魏・呉・蜀の戦い」で終わるイメージがありますが、実際はその後まで続きます。

その後、晋の中で一族の争いが起き、反乱も起きて中国は再び分裂していきますが、三国時代としてはここで一区切りです。

蜀と呉はどうしてた?

蜀と呉は滅亡する前までどうしていたのでしょうか。

蜀は建国した劉備の死後、劉禅が後を継いで諸葛亮を中心に魏の討伐を行います。
しかし成功せず、諸葛亮は死去します。
その後、姜維たちが魏との闘いを続けますが黄皓などの他の政治家との争いもあり、263年、魏に攻めこまれてついに降伏します。

呉は孫権が建国後、魏や蜀の侵攻を防いで、2代目の孫亮、3代目の孫休と続きますが国内が乱れていき、4代目の孫晧が暴君だったためさらに反乱などが起こって280年ついに魏に降伏しました。

まとめ

三国志(三国時代)の結末

  • 統一したのは「晋」
  • 魏がそのまま勝ったわけではない
  • 魏の中から生まれた司馬一族が天下を取った

でした。

「最後に勝ったのは魏ではなく晋」という点が、三国志の大きなポイントです。